ヨーロッパに生息するオオカミと人間社会はどのような関係を結んでいるのか、オオカミが生息するすべての国についての詳細な解説である。ヨーロッパ全体の野生動物保護政策の基盤であるベルン条約と生息地指令についても多くのページを割いている。
本書の狙いは、ここ数十年間ヨーロッパ大陸全体で順調に回復して推定個体数が10年間でほぼ2倍に増加し、いまやアメリカ大陸に次ぐ一大生息地となったヨーロッパでオオカミが人間社会とどうやって共存しているか、畑があり、家畜の放牧が行われている景観のなかで人々はオオカミをどのように受け入れ、国はどんな対策をとっているかを知ろうというものである。
今なぜヨーロッパのオオカミについて知らなければならないのか、その理由は日本の自然が頂点捕食者を失って壊れてしまったことにある。捕食者が絶滅し、狩猟も力を失った結果、獲物であるシカが激増し、山は崩れようとしている。
日本列島で唯一無二の頂点捕食者という機能を失って、日本の生態系は壊れたのだ。オオカミを再導入により復活させ生態系を復元する構想を実現させるためにはオオカミと社会の関係を知らなければならないが、今まで日本に紹介されてきたのは、原生自然のオオカミだけだった。それでは農業や畜産業との関係や田園地帯で暮らす人たちとの関係を見ることはできない。
だから知りたいのはヨーロッパのオオカミなのだ。日本で初めてヨーロッパ社会とオオカミの関係を明らかにした本である。
日本ではオオカミが既に絶滅しているため、その行動を詳細に知る人はほとんどいない。著名な生物学者たちでさえ何も知らないに等しい。
アメリカの生態学者アドルフ・ムーリーが1944年にアラスカでのオオカミ観察の研究成果をまとめた「マッキンリー山のオオカミ」を発表して今年で80年になる。この80年にアメリカやヨーロッパで続けられてきた研究者たちの努力によってオオカミがどのような行動をとるのかが解明されてきたのである。
本書は、こうした欧米のオオカミ研究を基にオオカミが放浪し、配偶者と出会い、群れを作り、コロニーを拡大し、定着した個体群に成長していく様を描いている。そしてオオカミが日本に再導入されたとしたらどのように広がっていくのか。それを予想している。材料はアメリカとヨーロッパにある。
オオカミの広い行動圏と速い移動能力、生息地の深い森林は今まで研究者の観察を妨げてきたが、アメリカのイエローストーン国立公園に再導入された個体群では観察技術の進歩が大きく貢献し、1995年のオオカミ再導入から約30年に渡る群れの拡大やナワバリの変遷が詳細に記録された。またヨーロッパでも2000年にポーランドからドイツのザクセン州に移動して定着した個体群の拡大していく様子が詳細に記録されている。
本書はその研究成果をかみ砕き、日本への再導入の参考にしようとしている。オオカミの本当の姿の一端を知る良書である。
本書はかつて日本列島に生息し、明治時代に絶滅したオオカミの本当の姿を明らかにしようとしています。第一部はオオカミに対する偏見、心の中に染みついたイメージはどこからくるのか、第二部はオオカミの実際の姿を理解するため、姿かたちだけでなく行動様式と生態系内での役割を知ろうとしています。そして第三部でその理解に至る生物学、生態学の歴史を欧米と日本の生物学・生態学の歴史の比較としてとらえます。第四部は過去に記録された日本人とオオカミの不幸な事故について検証し、第五部では日本列島にどのくらいのオオカミが生息できるのかを推定しました。そしてオオカミがいなくなった日本の森に何が起きたのかを検証し、オオカミの役割について解き明かしています。
オオカミ不在の生態系が引き起こす社会問題を入口に、オオカミと生態系を考えていくと、現在起きているシカ問題をオオカミ問題としてとらえたことで、オオカミの生態系での役割、人間との関わり、社会の中の位置づけ、歴史、おとぎ話や伝承の中での姿などなど様々な側面が見えてきます。
「絶滅したオオカミの謎を探る 復活への序章」が、『ネクパブPODアワード2023』で優秀賞をいただきました。オンデマンド出版のネクパブを利用して昨2022年に出版された本の中でのグランプリ、準グランプリに次ぐ第3位タイランクです。